ひとと動物のかかわり研究会リレーエッセイ
 人と動物のより良い環境作りを目指して、いろいろな思いをみんなで綴っていく、リレー・エッセイのページを作りました。このページで「ひと」と「ひと」の輪を広げていこうと思います。
 リレー・エッセイのルール: このページに執筆を依頼された方は、執筆後、次にバトンを渡す方を見つけます。そして、研究会の活動を伝え、エッセイの執筆をお願いします。エッセイのテーマは自由です。日常の生活で思うことや伝えたいことを綴って下さい。

−動的均衡かなぁ…−

 その人は、ダックスドウ1匹、トイプードルを2匹飼っています。
たまの休日は、3匹を入れた重い袋を肩から斜めがけにして、まるでカンガルーの様な格好で出掛けます。実際、街の中で3匹を下げて歩くのは不都合でかつ腰にもかなりの負担になります。それでも、可能な限り3匹を一緒に居る時間を持とうと心がけるのです。

 その人の職業は外科医です。
数年前に「緩和医療」に2年間勤務していました。緩和という場所は、一般病院の様に治療を受けた患者が良くなり退院する場所でも、また天命を知り受け入れる患者が穏やかに逝くのを援助する場所でもなく、治る見込みがないとされた病人に対して、最後までありとあらゆる痛みをともなう治療を試みる場所なのだそうです。いかに患者本人おびその家族が望むとはいえ、治ることが叶わないとわかる病人に、ただ必要以上の苦痛を与えているだけに思える自分に、医者としての矛盾と憤りを感じ、時に罪悪感を覚え、自らが崩壊寸前の状態まで追い込まれた日々だったと言います。

 そんなある日に出逢ったのが、生後2ヶ月のダックスフンド。

無垢な瞳の犬と接することで、崩壊しかけていた自分がどれほど助けられたか計り知れないと言います。
もはや抵抗し難しいとわかっている病気との戦いに、常に破れ見送る仕事に従いる自分を何とか支えていたのは、小さな犬の存在だったのです。
 何故、人間はわざわざ難儀にペッとしての動物を飼うのか、私自身は釈然としないまま、幼き頃から犬を飼っているのです。
 様々な欲望と執着を持ち、生き、そして死に逝く人間が、一見欲望そのままの様でいて、しかし、実はかくも自然にあるがままの状況をうまく受け入れている動物の姿と向き合うとき、偏り傾く自己に気がつき、そして何とか均衡を取り戻しているのだろうか。
そのためにも、あえて動物と暮らすことを求めるのだろう。
そう考えると、人間が人間以外の動物とかかわりを求めてやまないのは、ある意味必要なかもしれないと考えるようになりました。
 その人は今日も3匹の犬を大切に慈しみ、犬で顔を埋もれさせた姿で穏やかに眠り、明日へのエナジーを蓄電しています。

                                                                        カフィ

【自己紹介】

ペンネーム:カフィ
好きなもの:陽射し、水、アイスクリーム
人や意欲や喜びを感じ取れるときの思考状態とは何なのか、に興味があります。

 

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