ひとと動物のかかわり研究会リレーエッセイ
 人と動物のより良い環境作りを目指して、いろいろな思いをみんなで綴っていく、リレー・エッセイのページを作りました。このページで「ひと」と「ひと」の輪を広げていこうと思います。
 リレー・エッセイのルール: このページに執筆を依頼された方は、執筆後、次にバトンを渡す方を見つけます。そして、研究会の活動を伝え、エッセイの執筆をお願いします。エッセイのテーマは自由です。日常の生活で思うことや伝えたいことを綴って下さい。

−共生の世界−

 ちょうど一年前の10月のことである。私と主人は外国人の友人夫妻に招かれて彼らの故郷を訪れることになった。約3年間の留学を終えて帰国する彼らに同行し飛ぶこと8時間、到着した空港はバングラディシュの首都ダッカ。バングラの地を踏むことなど生涯ありえないと思っていた私たちゆえ、ひとつひとつの光景や出来事は心に鮮明に刻み込まれている。
 滞在期間は約一週間。まずは、ご主人の生家をめざす。フロントガラスにヒビがはいっているバスや、自転車の後部に幌をつけてお客さんを汗だくで運んでくれる力車(リキシャ)などで目的地まで移動する初日から、別世界が次々と目に飛び込んできた。お祭りかと思うくらいの人、人、大通りにも小路にも湧いている力車の群れ、その中をどの車もクラクションをうるさいほどに鳴らしながら結構なスピードで行き違う。そこにバングラの動物たちはいとも自然に入り混じっているのである。ヤギ、犬、牛たちにとって生活の場でもあるのだ。ごった返している中で悠然と行き交っているが、クラクションを鳴らされると人も動物も同じように足早に横切って車に道を譲る。かと思うと犬が交差点の真中でわれ冠せずと寝てたりする。小ぶりの黒いヤギが道端の草を食べるのを見て、「バングラの犬って草も食べる・・?」などとつぶやいて主人に笑われた。私の常識は砕かれ、苦笑する場面は何度もあった。 
 ダッカからバスで7時間、力車で10分、徒歩10分、木製ボートで広い川を下ること30分、最後は牛車が荷物を運んでくれる。村には車も力車も存在しない。らくだのようなコブがあるやせた白い牛をよく見た。農作業の重要な働き手なのだろう。親戚の人や続々集まって何百人にもふくれあがってくる村人たちに歓迎されながら牛と一緒に歩くこと20分、ようやく到着した。身動きがとれないほどの人々が押し寄せてきたのにはさすがに息をのんだ。はだしで生活する彼らと共に暮らすのはニワトリたちだ。半分外のような台所や食卓で人間のおこぼれをついばむ。夕食にはこの中の一羽がさばかれたのだろう。
 二番目の訪問先は街にある奥さんの実家。朝から通りはガヤガヤ人々の声でにぎわっている。ヤギもまた道端や軒先でのんびり寝そべっている。コンクリート剥き出しの室内の壁には白いヤモリがチョロチョロ住んでいる。おっかなびっくりしている私は子どもたちに笑われた。通りを歩くとあちこちの塀に牛の糞がドーナツのように丸い形にされてくっついている。乾燥したら大事な燃料になるからだ。
別の街にある、ご主人の勤務しているラージシャヒ大学にも案内していただいた。学生2万人という広大な敷地内は力車で移動する。夕方、周辺を散歩していたらひとりで歩いている牛とすれちがった。郷に入れば・・ではないけれどたった2,3日で私たちも牛と普通にすれちがっている。それにしてもこの牛はなんなのか?友人によると日中勝手にブラブラ食事して家に帰る途中らしい。村の牛は働いてやせているが街の牛はそこそこ太っている。のんびり気ままに暮らしている街の牛。
 不思議なのはバングラに滞在していた一週間の間、ただの一度も車にひかれた動物を見なかったこと。吠えている犬も記憶にない。人と動物が日本のペットのようにべったりしているところも見なかった。あんなにごちゃごちゃしているのに争っている人々も動物もいなかった。それぞれが互いの領域を犯すことなく生きている。しかしながら、バングラの人々と動物は切り離すことができない関係にあるのだ。
バングラディシュはこれからめざましい発展を遂げていく国である。近い将来彼らの国も人間と動物の関係が変わっていく可能性は大きいが、少なくとも私たちが見たバングラは人と動物の共生の世界であった。
                                                                    Reiko

【自己紹介】

ペンネーム:Reiko
言葉や理屈が通じないものに出会うと心を通わせたい思いにかられる。
青空と太陽の明るい国で暮らしたい。たくさんの本物を自分の目でみたい。夢いっぱいの主婦です!

 

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