ひとと動物のかかわり研究会リレーエッセイ
 人と動物のより良い環境作りを目指して、いろいろな思いをみんなで綴っていく、リレー・エッセイのページを作りました。このページで「ひと」と「ひと」の輪を広げていこうと思います。
 リレー・エッセイのルール: このページに執筆を依頼された方は、執筆後、次にバトンを渡す方を見つけます。そして、研究会の活動を伝え、エッセイの執筆をお願いします。エッセイのテーマは自由です。日常の生活で思うことや伝えたいことを綴って下さい。

−西東京市・田無東大農場演習林より−

イラスト:「東大農場の春」   画:中西 章

 
 

 西武新宿線の田無駅から北に歩いて七分くらいのところに農場の入り口がある。
 週日は一般に開放されているので、受付を経て北進すると、畑の彼方にサイロやポプラ並木と、その背後にうっそうとした演習林の森があり、北海道の風景に似ている。
 農場と演習林をあわせた全体の面積は10万坪(31ヘクタール)。
 3万坪(9ヘクタール)の演習林は、今からおよそ80年前の1929年に田無市が誘致して、目黒区の駒場から樹木の苗を移植して、雑木林のあとに造成され、一部に当時の林を残して、針葉樹・広葉樹など各種の樹木を育成した。今では高木・低木・林床と多様な環境が形成され、それぞれに住み分けている生き物の数も多種多様である。
 7万坪(22ヘクタール)の農場は、畑・水田と農道からなり、広い草原性の明るい環境の好きな生き物が住んでいる。
 元々は大学の農・林学の教育と研究の場所でしたが、今では市民の散策や憩いと子どもたちの学習の場所としても親しまれ、周辺が都市化してきたのでいっそう貴重な緑地となっている。
 降った雨は外に流出することなく全て地下に浸透し、約53万トンが地下に貯蔵されているので、災害時の広域避難場所に指定されてもいる。
 また、森による大気の浄化作用も計測されて、高い評価を受けている。

 ところが、この緑地を横断する車道が造られる話が1992年頃に持ち上がり、驚いた市民は直ちに反対運動に立ち上がった。この時をきっかけに、市民の有志らによって会員を募り、調査・記録のための観察会が発足した。
 植物の観察会は月に一回、動物の方は観察会と調査が月に二回ずつ行われるようになった。私(中西)が動物担当になって、今日まで10年以上続いている。その間の観察記録は「東大農場・演習林の生きものたち」という本にまとめられて2003年に出版された。植物は983種、動物は493種が紹介されているが、不明なもの・ミクロなものを加えるともっと多くなるだろう。
 樹木ではハンカチノキ、ナンジャモンジャノ木、各地産のスギ、ヒノキ。外国産のマツ林。製紙用に改良されたポプラ。メタセコイア林。苗畑や放置された二次林など見られる。
 動物では、タヌキ、イノシシ、等の哺乳類。アオダイショウ、アズマヒキガエル、トウキョウダルマガエル等の爬虫類・両生類。
鳥では、カッコウ、トラツグミ、ソウシチョウ、ウソ、キジ、アマサギ、オオコノハズク、オオタカや、クロツグミが記録されている。
 昆虫では、ホソオチョウ、ツマグロヒョウモン、クロコノマチョウ、ゴマダラチョウ、コムラサキ、ヒオドシチョウ、テングチョウ、アカシジミ、ジャコウアゲハ、アサギマダラ等の蝶。ヒラタクワガタ、センノカミキリ、クワカミキリ、ルリボシカミキリの甲虫。アカスジキンカメムシ、オオキンカメムシなどのカメムシ類、ハルゼミ。ギンヤンマ、ミルンヤンマ、コヤマトンボ、ショウジョウトンボなどのトンボ類と、多種の生き物が共生し、安定した一つの生態系を形作っている。
 こうした状態を保っているのは大学側の管理が行き届いているためで、放置することなく常に手入れをしながら人と自然が上手くつき合ってきた。生き物の多かった昔の里山に似ているので市民に「街の里山」と呼ばれるようになった。

 ところが、2003年に再び危機が訪れた。大学側が農場を売却して千葉県の検見川に移転し、跡地に運動場やドッグランを造るとか、市役所を移転するとかいった案が浮上してきた。直ちに三つの団体が反対運動を起こし、署名を集めて、国や都をはじめ各界に働きかけている。わたしたちは現状のまま残し、未来を託する子供たちの遊び場として動物や植物の共生する環境、例えばビオトープを造るなどの提案をしている。その管理は大学に任せるのでなく、いつでも出入りできるように市民の手で管理するのが理想であると考えている。

 農場は今新緑の美しい季節で、連日多くの人が訪れ、風景を写生する人や散歩する人、近くの幼稚園の一団や、小学生の遠足などや植物を観察する各種の団体を見る。昨年までいた黒毛和牛がいなくなり、放牧場の後の半分にダチョウが飼われ、残りの半分はナシ、カキ、リンゴなどの果樹園になった。
 農場が造られた初期の頃は、牛や豚、ニワトリが飼われ、牛乳や卵が販売されたと聞く。その頃から家畜の排泄物を利用した土壌改良の研究が続けられていた。農場の土は火山灰土で酸性が強く、作物の栽培に適さない不良土だった。その土に排泄物と落ち葉を混ぜた堆肥を混入して生産性の高い良土に改良する研究(熟畑化という)が長年続けられてきた。
 調査によると田無市の市民なのに一度も農場に入った事がない人が多いとの事。これは多分、周辺にマンションが建て混んできて他所から来た人が増加したのと、演習林や農場のいかめしい門と、入り口にある立て看板に書かれた「自転車乗り入れ」「ペットの連れ込み」「球技」「動植物の採集」等の禁止事項が多いためかとも思う。いわゆる公園とは違うところである。

 私たちがやっている観察会も大学の了解を得て行われているが、他にも市民の働きかけで1950年頃より年に4回くらいセミナーとして東京大学教授による専門的な農学に関する資源、環境についての講義が行われている。また、四季毎の見学会や、稲刈り等の農作業。私(中西)による動物を対象とした「親子かんさつ会」が行われている。中でも30〜40種の樹木を見てそのうちいくつの樹の名前を答えられるかで決まる小学生対象の「子ども樹木博士」認定の催しは、西東京市と大学の協力で毎年5月と10月に行われて人気がある。 
 2003年の秋から「アースデー」という市民団体による祭りが東大農場の協力で土日の休日を解放して毎年行われるようになり、当日は野外演奏やバザーもあり、昨年は5000人の参加者でにぎわった。
 更に2005年より市民と東大の発想で「東大農場塾」なるものが西東京市の後援で始まった。主に体験学習で、年に12回行われる。スケジュールは6月にヒマワリの種を撒き、その時畑を耕したり整地、施肥をする。9月の収穫までの間、除草や間引き、害虫防除、堆肥作りなどの作業をし、12月に収穫、搾油する。10月に種を撒いたナタネは冬を越し、春に菜の花が咲き、5月に種子を収穫し、搾油。ヒマワリとナタネ油で作った料理を食べて終る。その間、公演が5回、講義が3回行われ、内容は「地域内資源循環型社会作りを目指して」という長いテーマである。
 以上。
                                                                  中西 章

【自己紹介】

中西 章
細密画のイラストを数多く手がける。

 

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